2026年11月現在、佐渡ヶ嶽親方を務めているのは、元関脇・琴ノ若晴將(ことのわか・てるまさ)です。現在は日本相撲協会の理事を務め、千葉県松戸市に本拠地を置く佐渡ヶ嶽部屋の師匠として、後進の育成に取り組んでいます。
琴ノ若時代の最高位は西関脇。1984年5月場所に初土俵を踏み、2005年11月場所で現役を引退しました。現在の大関・琴櫻との父子関係や、先代の第53代横綱・琴櫻から受け継いだ師弟の系譜も、部屋を理解するうえで欠かせない要素です。
また、佐渡ヶ嶽部屋について調べると「所属力士22名・親方衆7名」という数字が見つかりますが、これは2024年7月場所時点の情報です。2026年の公式掲載情報では所属力士や年寄の構成に変化が見られます。琴風、琴欧洲、琴奨菊らが独立して築いた部屋の系譜も含め、現在の実情を整理します。
【まず結論】佐渡ヶ嶽親方の現在は元関脇・琴ノ若晴將
佐渡ヶ嶽親方は、現役時代に琴ノ若の四股名で活躍した元大相撲力士です。引退後は年寄・佐渡ヶ嶽を襲名し、2005年11月から部屋の師匠を務めています。
日本相撲協会の年寄プロフィールによると、現在の年寄名は佐渡ヶ嶽満宗(さどがたけ・みつむね)。1968年5月15日生まれで、出身地は山形県尾花沢市です。2026年11月現在、58歳となっています。
佐渡ヶ嶽親方のプロフィール- 現在の年寄名:佐渡ヶ嶽満宗
- 現役時代の四股名:琴ノ若晴將
- 本名:鎌谷満也(かまたに・みつや)
- 生年月日:1968年5月15日
- 出身地:山形県尾花沢市
- 身長:191cm
- 体重:181kg
- 最高位:西関脇
- 所属部屋:佐渡ヶ嶽部屋
- 現役引退:2005年11月場所
- 現在の役職:日本相撲協会理事
注目したいのは、現在の年寄名と現役時代の四股名が異なる点です。佐渡ヶ嶽は日本相撲協会における年寄名跡であり、琴ノ若は土俵上で使用していた四股名です。
そのため、「佐渡ヶ嶽親方」と「元琴ノ若」は別人ではありません。どちらも同じ人物を指しています。
【経歴を解説】琴ノ若の最高位は西関脇!力士時代の実績と引退まで
琴ノ若晴將は、191cmの長身と181kgの体格を生かした、力強い四つ相撲で知られた力士です。
右四つからの寄りや上手投げを得意とし、大きな身体を使った迫力ある取り口で幕内上位に定着しました。
初土俵から関脇昇進まで1984年5月場所、15歳で初土俵を踏んだ琴ノ若は、当初、本名に由来する「今野」の四股名で土俵に上がりました。その後、琴今野、琴の若、琴乃若を経て、1999年7月から現在につながる「琴ノ若」を名乗っています。
1990年7月場所に新十両へ昇進し、同年11月場所で新入幕。1993年9月場所には新小結となり、三役の地位を経験しました。
そして、1999年1月場所に新関脇へ昇進。1999年1月場所と3月場所に西関脇を務めたことが、現役時代の最高位として記録されています。
琴ノ若の主な成績日本相撲協会の公式プロフィールに掲載されている主な戦績は次のとおりです。
- 生涯戦歴:785勝764敗100休
- 通算在位:130場所
- 幕内戦歴:608勝657敗84休
- 殊勲賞:2回
- 敢闘賞:5回
- 技能賞:0回
- 金星:8個
- 三段目優勝:2回
幕内最高優勝こそありませんでしたが、殊勲賞と敢闘賞を合わせて7回受賞し、横綱を破った金星も8個獲得しています。
特に注目すべきなのは、長期間にわたって幕内で戦い続けた実績です。公式記録では幕内在位90場所。上位陣との対戦を重ねながら、長く第一線で活躍しました。
2005年11月場所で引退、13代佐渡ヶ嶽を襲名2005年11月場所、琴ノ若は現役を引退しました。この時期は、先代の佐渡ヶ嶽親方である第53代横綱・琴櫻が定年退職を迎えた時期と重なります。
その後、琴ノ若が13代佐渡ヶ嶽を襲名し、部屋を継承しました。
現役時代に先代師匠から受け継いだ相撲の伝統を、今度は指導者として次の世代へ伝える立場になったのです。
【2026年最新】佐渡ヶ嶽部屋の所属力士と親方衆は?松戸市の住所も紹介
佐渡ヶ嶽部屋は千葉県松戸市串崎南町に本拠地を構える相撲部屋です。大関・琴櫻をはじめ、幕内で活躍する力士から若手の育成段階にある力士まで、幅広い番付の所属力士が在籍しています。
2026年11月場所の所属力士は15名部屋公式サイトの「力士紹介」と日本相撲協会の相撲部屋紹介を確認すると、2026年11月場所の掲載力士は15名です。
主な所属力士は次のとおりです。
- 幕内:琴櫻、琴勝峰、琴栄峰
- 幕下:琴翼
- 三段目:琴泰広、琴大進、琴太豊
- 序二段:琴大河、琴布野、琴川渕、琴芳野、琴寺尾
- 序ノ口:琴平沼、琴太豪、琴石田
幕内には大関・琴櫻のほか、琴勝峰と琴栄峰が名を連ねています。琴勝峰と琴栄峰は兄弟力士であり、2025年7月場所には兄の琴勝峰が幕内初優勝を果たし、弟の琴栄峰も新入幕を実現しました。
同じ部屋から複数の幕内力士を送り出していることは、佐渡ヶ嶽部屋の育成力を示すポイントです。
「力士22名・親方衆7名」という情報は現在も正しい?検索結果でよく見かける「所属力士22名・親方衆7名」という数字は、佐渡ヶ嶽部屋の公式サイトに掲載されている令和6年7月場所現在の情報です。
つまり、2024年時点の構成を示す数字であり、2026年11月の最新名簿と同一ではありません。
2026年11月場所の日本相撲協会掲載情報では、所属力士15名、師匠以外の年寄5名となっています。師匠を含めて数えると、親方は6名です。
部屋付きの年寄は以下の5名です。
- 粂川佳弘:元小結・琴稲妻
- 白玉克之:元前頭・琴椿
- 浜風政宗:元前頭・五城楼
- 荒磯勇輝:元関脇・琴勇輝
- 尾車充隆:元前頭・琴恵光
ここで注意したいのが、尾車親方の名前です。現在、佐渡ヶ嶽部屋に所属する尾車親方は元琴恵光であり、後述する琴風が創設した旧尾車部屋の師匠とは別人です。
琴櫻と佐渡ヶ嶽親方の関係は?親子であり師弟でもある佐渡ヶ嶽部屋を語るうえで欠かせない存在が、大関・琴櫻将傑です。
現在の琴櫻は、佐渡ヶ嶽親方の息子であり、先代の第53代横綱・琴櫻の孫にあたります。つまり、親方と現役力士の琴櫻は親子関係であり、部屋の師匠と弟子という関係でもあります。
松戸市の公式広報資料でも、琴櫻は祖父が元横綱・琴櫻、父が現在の佐渡ヶ嶽親方という相撲一家の出身として紹介されています。
琴櫻は2015年11月場所に初土俵を踏み、2024年1月場所後に大関昇進。同年5月場所から祖父のしこ名である「琴櫻」を襲名しました。
2026年11月場所の番付では西大関に位置しています。
この関係は、単に親族が同じ相撲部屋にいるという話ではありません。先代横綱から現師匠へ、そして現役の大関へと続く、佐渡ヶ嶽部屋の指導と伝統の継承を象徴しています。
佐渡ヶ嶽部屋の住所とアクセス佐渡ヶ嶽部屋の本拠地は千葉県松戸市です。
- 住所:〒270-2215 千葉県松戸市串崎南町39
- 最寄り駅:北総線・松飛台駅
- 駅からの距離:徒歩約10分
部屋は松飛台駅から比較的近い場所にあり、1994年10月に東京都墨田区太平から現在の松戸市へ移転しました。
住宅地にあるため、公式サイトでは路上駐車を控えるよう案内されています。稽古見学などで訪問する場合は、公開日や予約条件を事前に確認することが大切です。
【歴史と一門】佐渡ヶ嶽部屋は二所ノ関一門!200年以上続く伝統とは
佐渡ヶ嶽部屋は、相撲界における二所ノ関一門に属する部屋として知られています。
一門とは、複数の相撲部屋がまとまったグループのことです。合同稽古や相撲界の運営などで協力する関係にあります。
ただし、一門と部屋の分家関係は同じ意味ではありません。一門は現在の所属グループ、分家関係は師匠から弟子へと続く歴史的な系譜を指します。
佐渡ヶ嶽という名跡は200年以上の歴史を持つ佐渡ヶ嶽部屋の公式サイトにある琴資料館では、年寄・佐渡ヶ嶽の初代が200年以上前にさかのぼると紹介されています。
歴代の佐渡ヶ嶽は、初代から13代まで受け継がれてきました。現在の親方は13代目にあたります。
ここで整理しておきたいのが、200年以上という歴史は「佐渡ヶ嶽」という年寄名跡の歴史を指す点です。現在につながる部屋の創設は、1955年(昭和30年)に初代琴錦が二所ノ関部屋から独立したことに始まります。
その後、横綱・琴櫻が12代目の師匠として部屋を率い、2005年11月に元関脇・琴ノ若が13代目として継承しました。
1994年に松戸市へ移転、地域に根を張る相撲部屋へ佐渡ヶ嶽部屋が現在の松戸市へ移転したのは1994年10月です。移転当時の師匠は、故第53代横綱・琴櫻でした。
2026年1月1日発行の松戸市広報紙では、佐渡ヶ嶽部屋を特集。稽古場の様子や力士の日常が紹介され、地域と部屋との結びつきが伝えられています。
同紙で佐渡ヶ嶽親方は、松戸市民に向けて次のように述べています。
「松戸に住んで31年になりました。これからも松戸市にしっかりと根を張った相撲部屋として頑張ってまいります!」
この言葉からも、佐渡ヶ嶽部屋が単に力士を育てる施設ではなく、松戸市に長く根付いた地域の存在であることが分かります。
同じ広報紙では、朝の稽古を中心に四股、てっぽう、すり足といった基本動作を行い、申し合いや三番稽古、ぶつかり稽古などの実践的な稽古に取り組む様子も紹介されています。
伝統を守りながら、新弟子の発掘と育成を続けることが、部屋の長期的な発展を支えているのです。
【分家独立の歴史】琴風・琴欧洲・琴奨菊が創設した3つの相撲部屋
佐渡ヶ嶽部屋の歴史を語る際に、特に注目されるのが分家独立の系譜です。
同部屋からは、現役時代に大関として活躍した力士を中心に、独立して自分の相撲部屋を構えた親方が複数生まれています。
代表的な3人が、琴風、琴欧洲、琴奨菊です。
佐渡ヶ嶽部屋から独立した親方と部屋の一覧| 親方・元四股名 | 創設した部屋 | 独立・創設時期 | その後の経緯 |
|---|---|---|---|
| 琴風(元大関) | 尾車部屋 | 1987年3月 | 2022年2月に閉鎖。所属員は押尾川部屋と二所ノ関部屋などへ転属 |
| 琴欧洲(元大関) | 鳴戸部屋 | 2017年4月 | 佐渡ヶ嶽部屋から分家独立。現在も鳴戸部屋として活動 |
| 琴奨菊(元大関) | 秀ノ山部屋 | 2024年10月19日 | 力士4人とともに独立し、新しい部屋を開設 |
最初に挙げられるのが、元大関・琴風です。
琴風は佐渡ヶ嶽部屋で力士として成長し、1981年には大関へ昇進。引退後は年寄・尾車を襲名し、1987年3月に佐渡ヶ嶽部屋から独立して尾車部屋を創設しました。
尾車部屋は、関脇・豪風や関脇・嘉風などを育てた実績を持ちます。
しかし、2022年2月7日付で尾車部屋の閉鎖が承認されました。弟子たちは押尾川部屋や二所ノ関部屋などに転属し、長く続いた尾車部屋の歴史に一区切りがつきました。
したがって、琴風が創設した尾車部屋は、2026年現在は存在していません。
琴欧洲が2017年に鳴戸部屋を創設続いて、元大関・琴欧洲が創設した鳴戸部屋です。
琴欧洲はブルガリア出身の力士で、佐渡ヶ嶽部屋に所属して大関まで昇進しました。2014年3月場所で現役を引退し、2015年2月に15代鳴戸を襲名しています。
その後、2017年4月に佐渡ヶ嶽部屋から分家独立し、東京都内に鳴戸部屋を開設しました。
鳴戸部屋の公式サイトでも、2017年4月の独立が部屋の沿革として記載されています。
部屋の特徴として注目されるのが、師匠自身の海外経験を生かした指導です。ブルガリア国立スポーツ大学や日本体育大学で学んだ知識を取り入れ、伝統的な稽古と新しい指導方法の両立を目指しています。
琴奨菊が2024年に秀ノ山部屋を創設3人目は、元大関・琴奨菊の秀ノ山親方です。
琴奨菊は佐渡ヶ嶽部屋に入門し、2002年1月場所に初土俵を踏みました。2011年には大関に昇進し、2016年1月場所には幕内最高優勝を達成しています。
2020年11月場所で現役を引退した後、部屋付き親方として後進の指導に当たっていました。
そして2024年9月26日、日本相撲協会の理事会で秀ノ山部屋の新設が承認され、同年10月19日付で佐渡ヶ嶽部屋から独立しました。琴奨菊とともに4人の力士が転属しています。
新しい秀ノ山部屋は東京都墨田区東向島に開設されました。部屋の公式サイトによると、「忍耐」「集中」「継続」を理念として掲げ、自分を超える力士や将来の横綱を育てることを目標としています。
琴錦の朝日山部屋は直接独立ではないもう一つ、混同されやすいのが元関脇・琴錦の朝日山部屋です。
琴錦は現役時代に佐渡ヶ嶽部屋に所属していましたが、引退後は尾車部屋に身を寄せていました。その後、2016年6月に尾車部屋から独立し、朝日山部屋を再興しています。
2017年には二所ノ関一門を離れ、伊勢ヶ濱一門へ移籍しました。
したがって、琴錦の朝日山部屋は、佐渡ヶ嶽部屋から直接分家独立した3つの部屋とは経緯が異なります。現役時代の所属部屋と、引退後に所属した部屋を分けて考えることが重要です。
佐渡ヶ嶽部屋の系譜は、単純に独立した親方の人数だけでなく、独立後にどの一門に所属し、どのような力士を育てたのかまで見ると、より立体的に理解できます。
佐渡ヶ嶽部屋は、東京の本拠地だけでなく、地方場所に合わせて宿舎を設けています。大阪、名古屋、九州の各場所では、現地で生活しながら本場所に備えます。
大阪場所の宿舎所在地:大阪府松原市田井城5丁目13-2
日蓮宗福嶋山・善宗寺の境内に宿舎があります。
部屋公式サイトでは、寺院への問い合わせを控えるよう案内されています。また、駐車場がなく、周辺道路も狭いため、稽古見学などで訪れる際は公共交通機関の利用が推奨されています。
名古屋場所の宿舎所在地:愛知県名古屋市西区上小田井1丁目259
長善寺内に宿舎を構えています。
寺院への電話問い合わせや、近隣への駐車は禁止されています。稽古見学についても、長善寺の檀家と部屋の後援会員を対象に予約制で受け付けると案内されています。
九州場所の宿舎所在地:福岡県福岡市東区西戸崎4丁目19-5
九州場所では福岡市東区西戸崎に宿舎を設けています。
各場所の宿舎や見学条件は年度によって変更される可能性があります。実際に訪問する場合は、部屋公式サイトの最新のお知らせを確認することが大切です。
【よくある質問】佐渡ヶ嶽親方に関するFAQ
Q1:佐渡ヶ嶽親方の現役時代の四股名は何ですか?
A1:琴ノ若晴將です。最高位は関脇で、1999年1月場所と3月場所に西関脇を務めました。2005年11月場所で現役を引退しています。
Q2:佐渡ヶ嶽親方の本名は何ですか?
A2:日本相撲協会の公式プロフィールでは鎌谷満也(かまたに・みつや)とされています。年寄名は佐渡ヶ嶽満宗です。
Q3:佐渡ヶ嶽部屋の所属力士は22名ですか?
A3:22名という数字は、部屋公式サイトに掲載されている2024年7月場所現在の情報です。2026年11月場所の日本相撲協会掲載名簿では15名となっています。
Q4:佐渡ヶ嶽親方と琴櫻は親子ですか?
A4:はい。現役の大関・琴櫻将傑は佐渡ヶ嶽親方の息子です。また、先代の第53代横綱・琴櫻は現役琴櫻の祖父にあたります。
Q5:佐渡ヶ嶽部屋から独立した親方は誰ですか?
A5:代表的な直接独立の例は、元大関・琴風の尾車部屋、元大関・琴欧洲の鳴戸部屋、元大関・琴奨菊の秀ノ山部屋です。なお、尾車部屋は2022年に閉鎖されています。
Q6:佐渡ヶ嶽部屋はどこの一門に所属していますか?
A6:二所ノ関一門に属する部屋として整理されています。一門は部屋の歴史的な分家関係とは別のグループ分けです。
Q7:佐渡ヶ嶽部屋の本拠地はどこですか?
A7:千葉県松戸市串崎南町39です。北総線の松飛台駅から徒歩約10分の場所にあります。
佐渡ヶ嶽親方は、元関脇・琴ノ若晴將として長年土俵で活躍した後、2005年11月に13代佐渡ヶ嶽を襲名した人物です。2026年現在は日本相撲協会の理事を務めながら、千葉県松戸市の佐渡ヶ嶽部屋を率いています。
部屋には大関・琴櫻をはじめとする有力力士が所属し、親子二代、さらに先代横綱・琴櫻を含めた三代のつながりが受け継がれています。
また、琴風、琴欧洲、琴奨菊という3人の大関経験者が独立して新たな部屋を築いた歴史は、佐渡ヶ嶽部屋が人材を育て、次の世代へ相撲の伝統をつないできたことを示しています。
佐渡ヶ嶽部屋の情報を調べる際には、次の3点を押さえると混乱しません。
- 人物を区別する:元関脇・琴ノ若である現師匠と、現在の大関・琴櫻は親子だが別人。
- 数字の基準日を確認する:力士22名・親方衆7名は2024年7月時点の情報であり、2026年の公式掲載とは異なる。
- 部屋の系譜を正しく理解する:琴風・琴欧洲・琴奨菊は直接独立した親方だが、琴錦の朝日山部屋は尾車部屋を経由した別の経緯を持つ。
200年以上の歴史を持つ年寄名跡と、松戸市に根付いた部屋の伝統。その両方を受け継ぎながら、琴櫻をはじめとする現役力士を育てる佐渡ヶ嶽親方の今後の指導にも注目が集まります。
佐渡ヶ嶽部屋の歴史は、過去の名力士を振り返るだけでなく、次の横綱や大関がどのように育っていくのかを見届ける楽しみも与えてくれます。
主な確認資料・情報源
- 日本相撲協会「佐渡ヶ嶽親方・年寄プロフィール」「佐渡ヶ嶽部屋」
- 佐渡ヶ嶽部屋公式サイト「力士紹介」「年寄・他所属員」「琴資料館」
- 松戸市「広報まつど」2026年1月1日号
- 日本相撲協会「尾車部屋閉鎖・所属員転属について」
- 鳴戸部屋・秀ノ山部屋公式サイトおよび独立に関する報道
- 琴風・琴錦の独立に関する相撲専門資料・報道