2020年、日本テレビ系『幸せ!ボンビーガール』の人気企画「上京ガール」に出演し、「かわいすぎる上京ガール」として一躍注目を集めた川口葵。兵庫県明石市から女優になる夢を追って上京した彼女は、番組出演をきっかけに芸能事務所への所属を実現し、モデル、グラビア、俳優と活動の幅を広げてきた。
しかし、華やかなデビューの裏側には、約3年間で200回ものオーディションに挑戦しても合格できなかった下積み時代がある。2025年7月には格闘家・武尊との結婚を発表し、2026年には新たな仕事環境へと移行。写真集『あおいのすがお。』やアベイルのレギュラーモデルとしての活動も続いている。彼女が芸能界に入るまでの経緯から、結婚後の最新活動までを時系列で整理する。
【出演の真相】川口葵のボンビーガール時代はいつ?上京ガール出演回を解説
川口葵が出演したのは、日本テレビ系のバラエティー番組『幸せ!ボンビーガール』の人気企画「上京ガール」だった。
この企画は、地方から東京への上京を目指す女性に密着し、住まい探しや新生活の準備などを紹介するもの。川口は女優になりたいという夢を持ち、兵庫県明石市から東京へ向かう女性として登場した。
初登場は2020年6月2日放送回川口が「あおいさん」として初登場したのは、2020年6月2日放送回。
当時21歳だった川口は、透明感のあるルックスと自然な受け答えで視聴者の関心を集めた。
MANTANWEBの2020年10月の報道では、番組出演後に「番組史上最大級の美女」などと話題になったことが紹介されている。
初回放送だけで終わらず、その後も複数回にわたって密着企画が放送された。主な出演回は次のとおりだ。
- 2020年6月2日: 上京ガールとして初登場。東京での物件探しを紹介。
- 2020年7月14日: 再び密着取材。芸能事務所フレイヴ エンターテインメントへの所属が決定。
- 2020年8月25日: 水着撮影に挑戦する様子が放送された。
- 2020年9月22日: 女優を目指すなかで、再び演技に挑戦する機会が紹介された。
この一連の放送を通じて、川口は単なる上京希望者から、芸能界で夢を追う新人タレントへと認知されるようになった。出演回の流れはMANTANWEBの当時の番組報道でも確認できる。
川口葵のボンビーガール出演は偶然だったのか?検索されることが多いのが、川口が番組に出演した経緯だ。
実は、制作スタッフから突然スカウトされたという話ではない。
2020年のDeviewによるインタビューで、川口本人は「上京ガール」のコーナーを以前から見ていたことを明かしている。
物件探しを楽しそうだと感じており、選ばれるとは思っていなかったため、テレビに出られるならという軽い気持ちで応募したという。
つまり、番組との出会いは本人による自主的な応募が出発点だった。
さらに注目したいのは、番組出演が芸能事務所への所属につながったことだ。7月14日の放送回ではフレイヴ エンターテインメントへの所属が決定している。
これは、番組が単なる引っ越し密着企画にとどまらず、川口にとって芸能界への具体的な入り口になったことを示している。
【応募理由と上京の経緯】川口葵が芸能界入りを目指した本当の理由
川口葵が芸能界を目指したのは、番組出演をきっかけに突然思い立ったからではない。
高校時代から芸能活動への関心があり、特に女優として活躍することを夢見ていた。
2026年2月10日公開のCHANTO WEBのインタビューでは、川口本人が芸能界を目指した理由について詳しく語っている。
憧れの女優は長澤まさみ川口が女優を意識するきっかけになったのは、俳優の長澤まさみだった。
ドラマ『コンフィデンスマンJP』での長澤まさみの演技を見て、自分もあのような演技ができたら楽しそうだと感じたという。
高校3年生で進路を考えたときにも、芸能界に入りたいという思いが強く残っていた。
そのため、高校在学中からボイストレーニングに通い、オーディションへの挑戦を始めている。
上京資金を貯めるために働いた日々芸能界に入るためには、東京で生活する資金も必要だった。
兵庫県に住んでいた川口は、高校卒業後も働きながらオーディションを受け続けた。
CHANTO WEBのインタビューによると、当時の主な仕事は次の2つだった。
- 競艇場の受付業務
- 飲食店での接客業務
特に飲食店では海外からのお客さんも多く、忙しい環境で働いていたという。
加えて、上京後の生活を安定させるため、100万円を貯めることを目標にしていた。
母親が一人で3人の子どもを育ててきた家庭環境も、川口の努力を支える背景にあった。本人は、将来的に自分が稼いで家にお金を入れ、母親を楽にさせたいという思いも語っている。
ボンビーガールに応募した理由は?芸能事務所への応募と並行して、川口は『幸せ!ボンビーガール』の上京ガール企画にも応募した。
本人が2020年のインタビューで語った理由は、意外にも自然体だった。
もともと番組を見ていて、東京の物件を探す企画が楽しそうだったこと、そしてテレビに出演できるかもしれないという期待が応募につながった。
ここで重要なのは、番組出演そのものが芸能界入りの唯一の目的ではなかった点だ。
川口はすでに芸能事務所への応募を続けており、番組も夢を実現するための複数の挑戦の一つだった。
結果的に、その一つの応募が大きな転機になったのである。
【約200回の落選】川口葵の3年間の下積み時代とオーディションの苦労
川口葵の経歴で特に印象的なのが、芸能界入りまでに経験したオーディションの数だ。
2025年11月17日公開のABEMA TIMESの記事では、川口が高校卒業後にアルバイトをしながらオーディションを受け続けていたことを紹介している。
その数は、本人の振り返りによれば約200回。
しかも、その大半で結果を出せなかった。
200回挑戦しても合格できなかった川口は当時の苦労について、アルバイトを続けながら、さまざまなオーディションに応募していたと振り返っている。
本人の説明では、約200回挑戦したものの、合格には至らなかった。
この話は2025年11月17日放送のABEMA関連番組『ダマってられない女たち』を通じて改めて紹介された。
2026年2月のCHANTO WEBのインタビューでも、働きながら3年間で200回ものオーディションを受け、落選が続いた経験を語っている。
なぜ諦めなかったのか川口の原動力として挙げられるのが、負けず嫌いな性格と家族への思いだ。
母子家庭で育ち、3人きょうだいの長女として過ごした川口は、母親が働きながら家事や育児を担う姿を見てきた。
自分で稼いで家にお金を入れたいという気持ちも、芸能界を目指す理由の一つだった。
加えて、オーディションで落ち続けても挑戦をやめなかったことについて、2026年のインタビューでは、諦めない気持ちを持ち続けていたと振り返っている。
16歳から続けた芸能界への挑戦2020年8月の週刊プレイボーイのインタビューでは、16歳から5年間、芸能関係の仕事を目指して履歴書を送り続けたことも明かしている。
ここは、約200回のオーディションという数字と混同しないようにしたい。
- 16歳ごろから:モデル、アイドル、芸能事務所など幅広い応募を経験。
- 高校在学中:ボイストレーニングに通い、オーディションに挑戦。
- 高校卒業後:約3年間、仕事とオーディションを両立。
- 2020年:『幸せ!ボンビーガール』への出演を通じて芸能活動の転機を迎える。
つまり、200回という数字は長年の夢に向かって積み重ねてきた努力の一側面であり、芸能界入りまでの全過程を単純に数値だけで表すものではない。
ABEMA TIMESとCHANTO WEBのインタビューは、この下積み時代を理解するうえで重要な資料になっている。
【経歴・人物相関表】川口葵のボンビーガール時代から2026年までの年表
川口葵の芸能活動を理解するには、番組出演、事務所所属、写真集、結婚などの出来事を時系列で見ると分かりやすい。
ここでは、関係する人物や作品、組織とのつながりも整理した。
| 時期 | 人物・作品・組織 | 出来事・関係 |
|---|---|---|
| 高校時代 | 長澤まさみ | 演技に憧れ、女優を目指すきっかけに |
| 2019年冬ごろ | 幸せ!ボンビーガール | 上京ガール企画に応募したとされる |
| 2020年6月2日 | 日本テレビ | 上京ガールとして初登場 |
| 2020年7月14日 | フレイヴ エンターテインメント | 番組内で所属が決定 |
| 2020年8月 | 週刊プレイボーイ | 初グラビアに挑戦 |
| 2021年 | 恋とオオカミには騙されない | ABEMAの恋愛リアリティーショーに出演 |
| 2023年12月13日 | 講談社 | 1st写真集『あおいのすがお。』発売 |
| 2025年7月29日 | 武尊 | 結婚を発表 |
| 2025年10月 | 武尊・川口葵 | 結婚式と披露宴を報告 |
| 2026年7月10日 | 芸能活動の仕事窓口 | 所属事務所と仕事の宛先の変更を報告 |
| 2026年9月26日 | GirlsAward | 武尊と夫婦で初のランウェーを披露 |
| 2026年11月現在 | アベイル・写真集 | レギュラーモデルとしての肩書きや写真集を公式SNSプロフィールで案内 |
この年表から分かるのは、番組出演が芸能活動の出発点になった一方、その後も複数の分野に活動を広げていることだ。
特に、2020年の事務所所属、2023年の写真集、2025年の結婚、2026年の新しい仕事環境への移行は、それぞれ異なる転換点として捉えられる。
【写真集・モデル活動】あおいのすがお。とアベイルで見せる現在の姿
ボンビーガール時代の川口葵を知る人にとって、現在の活動で特に分かりやすい変化が、写真集とファッションモデルとしての仕事だ。
テレビで注目を浴びた当初は、女優を目指す新人として紹介されていたが、その後はグラビアやファッション分野にも活躍の場を広げている。
1st写真集『あおいのすがお。』は2023年発売講談社・2023年12月13日発売
撮影:Takeo Dec./128ページ
紙版定価:2,750円(税込)
『幸せ!ボンビーガール』で注目された川口が、上京当時からの夢だった写真集出版を実現した作品。
講談社の書誌情報によると、写真集は2023年12月13日に発売された。
撮影地には宮古島や沖縄本島が選ばれ、海やリゾートホテルを背景にしたカットなどが収録されている。
注目したいのは、この写真集が単なるグラビア作品ではなく、上京当時からの夢を形にしたものとして紹介されていることだ。
2020年に上京ガールとして出演してから約3年半。女優を目指して上京した女性が、自分の名前を冠した写真集を出版するまでになった。
また、2024年1月12日には未公開カットを収録したデジタル限定版『あおいのすがお。オール未公開another edition』も発売された。
アベイルのレギュラーモデルとしても活動川口の現在の活動を語るうえで外せないのが、ファッションブランドのアベイルだ。
本人の公開プロフィールでは、写真集の案内とともに「アベイルレギュラーモデル」と記載されている。
アベイルはトレンドを取り入れたカジュアルファッションを展開するブランド。川口はモデルとして、さまざまな衣装やコーディネートを披露している。
ボンビーガール時代の自然体の印象から、ファッションモデルとしての表現力を加えた現在の姿は、活動領域の広がりを感じさせる。
女優・タレントとしての活動も継続川口はグラビアだけに活動を限定していない。
2021年にはABEMAの恋愛リアリティーショー『恋とオオカミには騙されない』に出演。さらにテレビ、CM、ドラマ、映画などにも活動の幅を広げてきた。
2025年7月のORICON NEWSでも、テレビやCM、グラビアなど複数のジャンルで活動してきた経歴が紹介されている。
【武尊との結婚と2026年の現在】芸能活動はどう変わった?
川口葵の人生における大きな出来事の一つが、格闘家・武尊との結婚だ。
2025年7月29日、川口と武尊はそれぞれ自身のSNSを通じて結婚を発表した。
武尊との結婚発表は2025年7月29日武尊はK-1で世界3階級制覇を達成した格闘家として知られる人物。
2人は2025年7月29日、武尊の誕生日に合わせて結婚を公表した。
川口は発表文で、武尊の真っすぐに物事へ向き合う姿に刺激を受け、自分も日々頑張ろうと思えると伝えている。
また、これからもお互いに支え合いながら、仕事に全力で向き合っていくという意向を示した。
武尊も、夫婦として支え合いながら格闘家としての最後の時間を全力で戦い抜きたいという思いを公表している。
結婚発表時の報道では、川口は26歳、武尊は34歳だった。
2025年10月には結婚式と披露宴を報告結婚発表から約2か月後の2025年10月9日、川口は結婚式と披露宴を無事に終えたことを報告した。
テレビ朝日の報道によると、川口は色鮮やかな色打ち掛け姿、武尊ははかま姿で登場する夫婦の写真や動画を公開。
大切な人たちに囲まれた幸せな一日になったと喜びを伝えた。
結婚発表だけでなく、実際に式を挙げたことも確認できる。
2026年7月に所属事務所と仕事の窓口が変更2026年の近況で見逃せないのが、7月10日の所属事務所に関する発表だ。
ORICON NEWSと日刊スポーツによると、川口はそれまで所属していたsejuを離れ、仕事の宛先が変更になったことを自身のInstagramで報告した。
本人は、新しい環境でもより一層精進していくという趣旨のメッセージを発信している。
これは芸能活動からの引退を意味する発表ではない。仕事の窓口を変更し、新しい環境で活動を続けるという内容だ。
2026年9月には夫婦でGirlsAwardに出演2026年9月26日には、千葉・幕張メッセで開催された「Rakuten GirlsAward 2026 AUTUMN/WINTER」に夫婦そろって登場した。
2人にとって初めての夫婦ランウェーとなり、川口は白いワンピース、武尊は白いセットアップというリンクコーデを披露した。
川口は2人で歩くことについて、新鮮で楽しかったという感想を伝えている。
さらに2026年9月10日放送のTBS系『プレバト!!』にも夫婦で出演。結婚後のテレビ出演でも存在感を見せている。
2026年11月現在の主な活動状況現時点で確認できる川口の活動を整理すると、次のようになる。
| 活動分野 | 2026年現在の状況 |
|---|---|
| ファッションモデル | アベイルのレギュラーモデル |
| 写真集 | 『あおいのすがお。』をプロフィールで案内 |
| テレビ | バラエティー番組などに出演 |
| 芸能活動 | 2026年7月に仕事の窓口を変更 |
| プライベート | 2025年7月に武尊との結婚を発表 |
本人の公開プロフィールには、写真集、アベイルのレギュラーモデル、ボンビーガール出演歴が引き続き掲載されている。
2026年9月のGirlsAward出演も含めて見ると、結婚後もモデル・タレントとして人前に立つ仕事を続けていることが分かる。
【プロの結論】川口葵のボンビーガール時代が今も注目される理由
川口葵のボンビーガール時代が2026年になっても検索される理由は、単に番組で美人だと話題になったからだけではない。
注目すべきなのは、番組出演前と出演後で、芸能活動の状況が大きく変化していることだ。
1. 番組出演はゴールではなくスタートだった川口の場合、番組に出演したこと自体が芸能界入りの最終目的ではなかった。
高校時代からオーディションを受け、上京資金を貯め、約3年間で200回もの挑戦を重ねてきた。
そこに『幸せ!ボンビーガール』への応募が加わり、テレビ出演と芸能事務所への所属という結果につながった。
つまり、テレビの偶然の出会いだけで成功したのではなく、長い準備期間があったからこそチャンスを生かせたという見方ができる。
2. 200回の落選は単なる苦労話ではない200回という数字だけを見ると、落選の多さに目が向きがちだ。
しかし、川口の経歴から読み取れるのは、働きながら夢を追うための資金を確保し、オーディションを受け続けるという現実的な行動力である。
夢を追うことと生活を維持することを両立していた点に、下積み時代の本質がある。
3. 現在の活動はボンビーガール時代から続く延長線上にある2023年の写真集出版、アベイルのモデル活動、2025年の結婚、2026年の新しい仕事環境。
それぞれは別の出来事だが、女優やモデルとして活動したいという当初の目標からつながっている。
特に、本人が上京当時からの夢だった写真集を実現したことは、過去の努力が具体的な成果になった例として印象的だ。
川口葵の経歴を評価する際の要点は、ボンビーガール出演時の人気だけでなく、その後も仕事を積み重ねているかどうかにある。
一度のテレビ出演で終わらず、モデル、グラビア、映像作品、バラエティーへと活動を広げてきた点こそ、彼女のキャリアを理解するうえで重要だ。
【よくある質問】川口葵のボンビーガール時代に関するFAQ
Q1:川口葵がボンビーガールに初出演したのはいつ?
A1:2020年6月2日放送回です。日本テレビの「上京ガール」企画に、兵庫県明石市から女優を目指して上京する女性として登場しました。
Q2:川口葵がボンビーガールに応募した理由は?
A2:以前から「上京ガール」のコーナーを見ており、東京の物件探しを楽しそうだと感じていたためです。本人はテレビに出演できるならという気軽な気持ちで応募したとインタビューで明かしています。
Q3:川口葵はオーディションに何回落ちた?
A3:本人の振り返りによると、約3年間で200回ほどのオーディションに挑戦し、合格できない時期が続きました。
Q4:川口葵の写真集『あおいのすがお。』はいつ発売された?
A4:2023年12月13日です。講談社から発売された128ページの1st写真集で、撮影はTakeo Dec.が担当しました。
Q5:川口葵と武尊はいつ結婚した?
A5:2025年7月29日に結婚を発表しました。同年10月には結婚式と披露宴を行ったことも報告しています。
Q6:川口葵は2026年現在も芸能活動をしている?
A6:はい。2026年9月には武尊とGirlsAwardに出演し、夫婦で初めてランウェーを歩きました。アベイルのレギュラーモデルとしての肩書きも本人の公開プロフィールに掲載されています。
川口葵のボンビーガール時代は、2020年6月2日の上京ガール出演から始まった大きな転換点だった。
しかし、その背景には高校時代から続く芸能界への憧れ、上京資金を貯めるためのアルバイト、約3年間で200回ものオーディションに挑んだ下積み時代があった。
番組出演後は芸能事務所への所属を実現し、モデルやグラビア、俳優として活動を展開。2023年には写真集『あおいのすがお。』を出版し、2025年には武尊との結婚を発表した。
そして2026年には所属事務所と仕事の窓口を変更しながら、アベイルのモデル活動や夫婦でのテレビ・イベント出演を続けている。
川口葵の物語は、テレビで注目された一人の上京ガールが、長年の挑戦を経て自分の夢を形にしてきた軌跡でもある。
ボンビーガール出演時の初々しい姿と、2026年のモデル・タレントとしての姿を比べると、その間に積み重ねてきた経験の大きさが伝わってくる。今後、女優としてどのような作品に出演し、どのような活動を見せるのかにも注目したい。