ホーム スポーツ 三上大樹アナの現在は?経歴・結婚・パリ五輪実況と38歳の訃報を徹底解説

三上大樹アナの現在は?経歴・結婚・パリ五輪実況と38歳の訃報を徹底解説

棗 快 棗 快 • 更新: • 公開: • 読了約 17 分
目次

2026年現在、テレビ朝日のアナウンサーだった三上大樹(みかみ・ひろき)さんは、2024年10月5日に38歳で亡くなっています。野球実況やスポーツ番組で活躍し、亡くなる約2か月前にはパリ五輪の実況も担当していました。突然の訃報は、テレビ業界だけでなくスポーツ関係者や多くの視聴者にも大きな衝撃を与えました。

三上さんは神奈川県横須賀市出身で、早稲田大学スポーツ科学部を卒業後、2009年にテレビ朝日に入社。2019年には結婚していたことが報じられています。妻の情報や死因、最後の出演番組、野球を通じて築いた人間関係など、現在も検索される疑問を時系列で整理します。



- 現在: 2024年10月5日に38歳で死去。2026年現在、故人です。
- 経歴: 2009年にテレビ朝日へ入社。野球や五輪を中心に幅広いスポーツ実況を担当しました。
- 結婚: 2019年春に結婚し、同年9月22日に結婚していたことが報じられました。
- 妻: 大分朝日放送の元女性アナウンサーと報じられています。
- 死因: テレビ朝日は病死と説明しましたが、具体的な病名は公表していません。

【2026年現在】三上大樹さんは何をしている?2024年10月5日の訃報と最後の仕事

三上大樹

2026年11月時点

三上大樹さんは、2024年10月5日に亡くなりました。享年38歳でした。

訃報が明らかになったのは、2024年10月8日です。テレビ朝日が報道各社の取材に対して、三上さんの死去を認めました。

亡くなった日と公表された死因

テレビ朝日広報部は、三上さんの死去について次のように説明しています。

当社社員の三上大樹アナウンサーが10月5日に逝去されました。心よりお悔やみ申し上げます。

また、死因については「病死」と説明した一方、詳細については公表を控えるとしています。

つまり、現在までに確認できる公表情報は次のとおりです。

確認項目 公表されている内容
死亡日 2024年10月5日
訃報公表 2024年10月8日
享年 38歳
死因 病死
具体的な病名 非公表
発症時期・病状 詳細な公表なし

このため、インターネット上で見られる特定の病名や病気の原因に関する情報を、確定した死因として扱うことはできません。

テレビ朝日が公表した「病死」という説明と、具体的な病名は明確に区別する必要があります。

最後の仕事は「報道ステーション」のナレーション

三上さんが生前最後に担当したと報じられている仕事は、2024年9月13日放送のテレビ朝日系『報道ステーション』内のスポーツニュースのナレーションでした。

同年夏にはパリ五輪の実況を担当し、帰国後もテレビの仕事に携わっていました。

パリ五輪で活躍した姿を覚えていた視聴者にとって、わずか数か月後に届いた訃報は、受け止めがたい知らせだったはずです。

ただし、最後の出演日と亡くなった日が近いことだけから、当時の健康状態や病状を推測することはできません。

【経歴・プロフィール】三上大樹さんは横須賀出身のスポーツアナウンサー


三上大樹(みかみ・ひろき)

- 生年月日:1986年4月16日
- 出身地:神奈川県横須賀市
- 出身高校:神奈川県立横須賀高校
- 出身大学:早稲田大学スポーツ科学部
- 所属:テレビ朝日
- 入社:2009年4月
- 没年月日:2024年10月5日
- 享年:38歳

三上さんのキャリアを語るうえで欠かせないのが、学生時代から続けていた野球との関わりです。

横須賀高校の硬式野球部で活動

三上さんは横須賀市で育ち、神奈川県立横須賀高校に進学しました。

高校では硬式野球部に所属。卒業後は早稲田大学スポーツ科学部に進み、スポーツに関する知識を深めました。

神奈川県立横須賀高校の同窓会組織が発行した会報にも、三上さんの経歴が掲載されています。

同資料には、横須賀市立坂本中学校の卒業から高校、大学、テレビ朝日入社までの歩みが記録されています。

2009年にテレビ朝日へ入社

大学卒業後の2009年4月、テレビ朝日に入社し、アナウンス部に配属されました。

入社当初からスポーツ関連の仕事に携わり、野球を中心にさまざまな競技を担当します。

単にスポーツの結果を伝えるだけでなく、選手の動きや試合展開、競技の背景を理解したうえで実況することが求められる仕事でした。

スポーツ科学部で学んだ経験と、自身が野球に取り組んできた経験は、実況アナウンサーとしての土台になったと考えられます。

テレビ朝日の公式記事で語っていた仕事への思い

2023年1月、テレビ朝日の公式コンテンツ「アナウンス部ch.」では、入社15年目を迎える三上さんのインタビューが掲載されました。

三上さんは入社当時を振り返り、スポーツの魅力を伝えたいという思いでテレビの世界に入ったことを語っています。

また、実況を担当してきた競技として、野球、バスケットボール、サッカー、フィギュアスケート、カーリング、バドミントン、プロレスなどを挙げていました。

この公式記事は、三上さんがどれほど幅広いスポーツの現場を経験していたかを知る貴重な記録です。

【スポーツ実況の実績】パリ五輪・野球・WBCで活躍したキャリア

三上さんの代表的な仕事は、スポーツ中継と実況です。

特に野球との関わりは深く、WBCや高校野球、プロ野球中継など、国内外の大きな大会を担当してきました。

パリ五輪では3競技を担当

2024年7月から8月に開催されたパリ五輪では、ジャパンコンソーシアムの一員として現地で実況を担当しました。

担当した競技は次の3つです。

- バスケットボール
- バドミントン
- アーティスティックスイミング

五輪の実況は、競技の専門知識だけでなく、選手の背景や国際大会ならではの緊張感を理解して伝える力が必要です。

三上さんはそれまでにも複数の国際大会を経験しており、パリ五輪は長年のスポーツ実況の積み重ねを示す仕事の一つでした。

野球実況ではWBCや夏の甲子園を担当

野球は、三上さんのキャリアを象徴する競技です。

横須賀高校時代に硬式野球部で活動していたこともあり、高校野球への思い入れは深かったようです。

主な実績は次のとおりです。

- 2013年:WBC関連のスタジオ進行・中継リポート・ヒーローインタビュー
- 2014年:『熱闘甲子園』のサブキャスターなどを担当
- 2014年以降:夏の甲子園中継の実況や『熱闘甲子園』のナレーション
- 2024年:全国高校野球の実況を担当

神奈川県立横須賀高校の同窓会資料には、WBCの2013年大会から3大会連続で担当したことも記録されています。

五輪実況も平昌・北京・パリと経験

三上さんの五輪関連の仕事は、パリ大会だけではありません。

2018年の平昌五輪から現地取材に携わり、2022年の北京五輪ではジャパンコンソーシアムの一員としてフィギュアスケートとカーリングの実況を担当しました。

年 大会 主な担当・活動
2013年 WBC スタジオ進行・中継リポートなど
2014年 全国高校野球 甲子園中継・『熱闘甲子園』
2018年 平昌五輪 現地取材
2022年 北京五輪 フィギュアスケート・カーリング実況
2024年 パリ五輪 バスケットボール・バドミントン・アーティスティックスイミング実況

これらの実績から分かるのは、三上さんが野球専門のアナウンサーにとどまらず、多競技に対応できるスポーツアナウンサーだったということです。

【結婚・妻・嫁】2019年に結婚していた三上大樹さんの家庭

三上さんは、2019年に結婚していたことが報じられています。

結婚に関するニュースが明らかになったのは、2019年9月22日です。

当時33歳だった三上さんは、報道によると、その約半年前に婚姻届を提出していました。

妻は大分朝日放送の元女性アナウンサー

2019年のサンケイスポーツの報道では、結婚相手は大分朝日放送の元女性アナウンサーと伝えられています。

つまり、同じ放送業界で働いていた女性との結婚だったと報じられたわけです。

確認できる情報を整理すると、次のようになります。

項目 内容
結婚が報じられた日 2019年9月22日
婚姻時期 約半年前の2019年春と報道
妻の職歴 大分朝日放送の元女性アナウンサー
妻の名前 広く確認できる公表情報なし
顔写真 公式に確認できる情報なし
馴れ初め 詳細な公表なし

妻との馴れ初めは?

テレビ朝日と大分朝日放送は、同じ朝日放送系列のテレビ局です。

そのため、アナウンサー同士として仕事を通じて接点を持つ可能性は考えられます。

ただし、実際にどのようなきっかけで出会い、交際に発展したのかについて、具体的な説明は公表されていません。

仕事上の交流がきっかけだったと断定できる情報もありません。

子どもはいた?

子どもについては、興味深い公表情報があります。

2023年1月に掲載されたテレビ朝日の公式記事で、三上さんは高校野球の実況について、次のように語っていました。

年齢を重ね、自身も家族を持つと

若い頃とは違い、球児のプレーを見る際に、その選手を見守る親の気持ちも考えるようになったという内容です。

加えて、2024年10月12日には、小泉進次郎氏が三上さんを追悼する投稿を行いました。

その中で、小泉氏は三上さんと自分の子ども同士が同い年だったことにも触れています。

これらの情報から、三上さんが父親としての生活も送っていたことがうかがえます。

ただし、子どもの人数や性別、詳しい年齢などは公表されていません。

【人物像・評判】上地雄輔・秋山翔吾・小泉進次郎との横須賀の絆

三上さんの訃報を受けて、特に注目されたのが、地元・横須賀を通じた人間関係でした。

仕事上の実績だけでは分からない、三上さんの人柄を伝えるエピソードが複数の関係者から明かされています。

小泉進次郎氏が明かした「横須賀会」

2024年10月12日、小泉進次郎氏は自身のSNSで三上さんへの追悼メッセージを公開しました。

小泉氏によると、三上さんとは同じ横須賀出身で、野球好き、スポーツ好きという共通点を持つ同世代の友人だったそうです。

プロ野球選手の秋山翔吾さんが関わる野球教室では、三上さんが小泉氏のキャッチボール相手を務めることもありました。

また、小泉氏と秋山選手による野球対決では、三上さんが実況を担当していたといいます。

加えて、上地雄輔さんを含む4人で「横須賀会」と呼ばれる集まりを開いていたことも明らかになりました。

三上さんは、その集まりの日程調整を担う幹事役だったそうです。

小泉氏は、葬儀で上地さんや秋山選手と並んで焼香したことを振り返り、三上さんへの感謝をつづりました。

秋山翔吾選手が語った三上さんの人柄

プロ野球・広島東洋カープの秋山翔吾選手も、三上さんを悼みました。

スポニチの2024年10月14日の報道によると、三上さんは秋山選手の地元・横須賀で開催される野球教室で、第1回から第10回まで司会進行を務めていました。

秋山選手は、三上さんについて「気遣いの人」だったと振り返っています。

野球教室では、子どもたちに自然と話を聞いてもらえる雰囲気をつくり、関係者への配慮も欠かさなかったといいます。

これは、実況の技術だけではなく、人と接する仕事においても信頼されていたことを示すエピソードです。

テレビ朝日の同僚が語った評判

テレビ朝日の公式記事では、同僚の斎藤ちはるアナウンサーが三上さんについて次のように紹介していました。

いつ会っても温厚で優しくて面白い三上さん。

人望が厚く、周りの先輩や後輩から本当に頼りにされているかっこいい先輩です。

また、2024年10月29日のテレビ朝日社長会見では、篠塚浩社長も三上さんを追悼しました。

社長は、三上さんの仕事ぶりについて「実直で的確」と評価し、視聴者や取材対象者、スポーツ関係者から愛されていたことを振り返っています。

こうした同僚やスポーツ関係者の証言を重ねると、三上さんは技術面だけでなく、人間関係においても信頼を集めていたアナウンサーだったことが分かります。

【三上大樹さんに関するよくある質問(FAQ)】

Q1:三上大樹アナウンサーは現在どうしていますか?

2026年現在、三上さんは故人です。2024年10月5日に38歳で亡くなりました。

Q2:三上大樹さんの死因は何ですか?

テレビ朝日は病死と発表しています。ただし、具体的な病名や詳しい病状は公表していません。

Q3:三上大樹さんの妻は誰ですか?

2019年の報道では、大分朝日放送の元女性アナウンサーとされています。妻の名前や詳しいプロフィール、馴れ初めは公表されていません。

Q4:三上大樹さんはいつ結婚しましたか?

2019年春ごろに婚姻届を提出し、同年9月22日に結婚していたことが報じられました。

Q5:三上大樹さんの最後の出演番組は何ですか?

2024年9月13日放送の『報道ステーション』で担当したスポーツニュースのナレーションが、最後の仕事として報じられています。

Q6:三上大樹さんはパリ五輪で何を実況しましたか?

2024年のパリ五輪では、バスケットボール、バドミントン、アーティスティックスイミングの実況を担当しました。

三上大樹さんは、横須賀で野球に打ち込んだ学生時代を経て、早稲田大学スポーツ科学部、テレビ朝日へと進み、スポーツアナウンサーとして活躍した人物です。

2013年のWBC、夏の甲子園、平昌五輪、北京五輪、そして2024年のパリ五輪と、国内外の大舞台で実況を担当してきました。

2019年には結婚し、家庭を築いていました。しかし、2024年10月5日、38歳という若さで病死。具体的な病名は現在も公表されていません。

三上さんの人物像を理解するうえで印象的なのは、亡くなった後に明らかになった周囲の人々の証言です。

- テレビ朝日の同僚からは、温厚で優しく、人望の厚い先輩として慕われていた。
- 秋山翔吾選手からは、気遣いができる人物として評価されていた。
- 小泉進次郎氏や上地雄輔さんとは、横須賀出身という縁を超えた友情を築いていた。
- 高校野球や五輪など、多くのスポーツの歴史的な瞬間を実況で伝えてきた。

【プロの結論】

三上大樹さんのキャリアから読み取れるのは、優れたスポーツアナウンサーに必要なのは、単なる声の技術や知識だけではないということです。

競技を理解する力、選手や関係者への敬意、現場で信頼関係を築く姿勢。そして、その場にいる人々の思いや感情を視聴者に届ける力が大切です。

三上さんは、スポーツ実況を通じてその役割を担ってきました。

2026年現在、本人の新たな出演や活動を見ることはできません。それでも、パリ五輪や高校野球などで残した仕事、そして関係者が語った人柄は、今も三上大樹さんを知るための大切な記録となっています。

主な参考資料:テレビ朝日「アナウンス部ch.」、神奈川県立横須賀高校同窓会会報、日刊スポーツ、スポニチ、ENCOUNT、サンケイスポーツの報道。

同じカテゴリの記事

棗 快
コンテンツディレクター 棗 快
プロフィールを見る →

所属事務所の公式発表と本人の公式SNSのみを出典とし、週刊誌報道は複数媒体が一致した場合に限り言及。数字は発表元の値をそのまま引用します。

おすすめの関連記事