テレビ朝日のアナウンサーとして活躍する斎藤ちはる。現在は朝の情報番組やバラエティー番組でおなじみの存在だが、かつては乃木坂46の1期生として約6年10か月にわたりアイドル活動を続けていた。1997年2月17日生まれで、乃木坂46加入前には子役として活動した経歴も持つ。
一方、乃木坂46時代について検索すると「アンダーだった」「選抜に入れなかった」「人気がなかったのでは?」といった疑問が見つかる。実際、斎藤ちはるは2014年の10thシングル『何度目の青空か?』で初選抜入りを果たしたものの、その後はアンダーを中心に活動した。2018年7月にグループを卒業し、翌2019年にはテレビ朝日のアナウンサーへ転身している。2026年11月現在の活動まで振り返ると、アイドル時代の評価と現在の活躍には興味深い変化がある。
【人物プロフィール】斎藤ちはるは元子役!乃木坂46加入前から芸能活動を経験

斎藤ちはるは、乃木坂46の1期生として知られる元アイドルであり、現在はテレビ朝日のアナウンサーとして活動している。アイドルとして活動する以前から芸能分野に接点があったことも、彼女の経歴を理解するうえで押さえておきたいポイントだ。
斎藤ちはるの基本プロフィール生年月日は1997年2月17日。出身地は埼玉県で、日出高等学校を経て明治大学文学部に進学した。乃木坂46での活動と大学生活を両立し、卒業後はテレビ朝日へ入社している。
テレビ朝日の公式アナウンサープロフィールでは、2019年4月1日入社と紹介されている。趣味は一眼レフカメラでの写真撮影、映画鑑賞、旅行、スポーツ観戦など。現在の仕事につながる、幅広い興味や活動的な一面もうかがえる。
元子役という意外な経歴斎藤ちはるには、乃木坂46加入以前に子役として活動していた経歴もある。幼少期からカメラの前に立つ経験を持ち、アイドルになる以前から芸能活動に親しんでいた人物だ。
乃木坂46在籍中に放送された『乃木坂って、どこ?』の生誕祭企画でも、幼少期の活動が紹介された。現在のアナウンサーとしての姿だけを知る視聴者にとっては、子役からアイドル、そしてテレビ局のアナウンサーへと進んだキャリアは興味深い。
ただし、子役時代の活動と現在のアナウンサーとしての実力を単純に結び付けることはできない。長年にわたる芸能活動や、大学での学び、入社後の現場経験など、複数の経験が現在のキャリアを形づくっている。
【乃木坂46時代】1期生として約6年10か月!アンダー中心の活動と初選抜
斎藤ちはるが乃木坂46に加入したのは2011年。1期生としてグループの初期から活動し、結成初期のメンバーとして成長していった。
加入当時は14歳。グループがまだ現在ほど大きな知名度を獲得していなかった時期から活動し、シングルへの参加、ライブ、テレビ番組、握手会など、アイドルとしてさまざまな経験を重ねた。
初期はアンダーメンバーとして活動乃木坂46では、シングルの表題曲を歌う選抜メンバーと、アンダー楽曲を中心に活動するアンダーメンバーという区分が設けられていた。
斎藤ちはるは、1stシングル『ぐるぐるカーテン』から9thシングル『夏のFree&Easy』まで、選抜ではなくアンダーの区分で活動していた。1期生として加入したものの、初期から継続して選抜に入っていたメンバーではなかった。
しかし、アンダーは単に活動機会がないメンバーを意味するものではない。アンダー楽曲への参加やライブ活動など、選抜とは異なる形でグループを支える役割を担っていた。
2014年『何度目の青空か?』で初選抜入り斎藤ちはるの乃木坂46時代における大きな転機が、2014年10月発売の10thシングル『何度目の青空か?』だ。
この作品で初めて選抜メンバーに選ばれた。加入から約3年が経過しており、1期生の中でも初選抜まで時間を要したメンバーとして知られている。
2019年の日刊ゲンダイの記事では、乃木坂46に詳しい芸能記者の証言として、彼女の初選抜入りは1期生の中でも遅い時期だったと紹介された。また、当時の本人が選抜入りを非常に喜んでいたことも伝えられている。
この出来事は、斎藤ちはるにとって単なるポジション変更ではなかった。長期間アンダーで活動してきたメンバーが、ようやく表題曲の選抜に加わった節目だったのである。
選抜入り後もアンダーでの活動が中心に初選抜を経験した後、斎藤ちはるは再びアンダーを中心に活動することになる。
代表的な参加楽曲には『涙がまだ悲しみだった頃』『春のメロディー』『13日の金曜日』『扇風機』『初恋の人を今でも』『生まれたままで』『ブランコ』『風船は生きている』『アンダー』『My rule』『新しい世界』などがある。
また、2018年の20thシングル『シンクロニシティ』では、1期生楽曲『Against』にも参加している。アンダー楽曲だけでなく、同期メンバーとの作品にも関わっていた。
アンダー時代を単純に不遇だったと捉えるのではなく、楽曲やライブを通じてグループの一員として活動し続けた期間として見ることが大切だ。
【年表・関係性比較】斎藤ちはるの乃木坂46在籍時代と選抜・アンダーの違い
斎藤ちはるのアイドル時代を理解するには、加入から卒業までの流れと、各時期にどのような立場で活動していたのかを整理すると分かりやすい。
乃木坂46時代から現在までの経歴年表| 時期 | 出来事・関係する人物や作品 | 活動内容・意味 |
|---|---|---|
| 2011年8月 | 乃木坂46・1期生 | オーディションを経てグループに加入 |
| 2012年2月 | 1stシングル『ぐるぐるカーテン』 | アンダーメンバーとしてCDデビュー |
| 2014年10月 | 10thシングル『何度目の青空か?』 | 初めて表題曲の選抜メンバーに選出 |
| 2015~2018年 | アンダー楽曲・ライブ活動 | 『ブランコ』『My rule』『新しい世界』などに参加 |
| 2018年5月20日 | 乃木坂46運営委員会の卒業発表 | 20thシングルの活動をもって卒業することを公表 |
| 2018年7月16日 | 20thシングル『シンクロニシティ』個別握手会 | 乃木坂46としての最後の活動 |
| 2019年4月1日 | テレビ朝日入社 | 『羽鳥慎一モーニングショー』でアナウンサーデビュー |
| 2022年4月 | 『グッド!モーニング』 | MCとして新たに番組へ加入 |
| 2026年11月 | テレビ朝日アナウンサー | 朝の情報番組や『ナニコレ珍百景』などで活動 |
乃木坂46の非公式楽曲データベースによるリリース別集計では、斎藤ちはるの参加区分は選抜1回、アンダー19回、アルバムなどのその他7回となっている。参加楽曲数は35曲と集計されている。
この数字からも、選抜よりアンダーでの活動が長かったことが分かる。ただし、参加区分の回数はあくまで作品ごとの分類であり、ファンの人数や人気を直接示す数字ではない。
選抜とアンダーは何が違う?乃木坂46の選抜とアンダーには、楽曲の参加メンバーやメディア露出などに違いがある。
選抜メンバーは基本的にシングル表題曲を歌い、テレビの音楽番組やプロモーションなどでグループの代表として活動する機会が多い。一方、アンダーメンバーはアンダー楽曲を担当し、アンダーライブなど独自の活動を展開してきた。
そのため、一般的には選抜のほうが世間の目に触れる機会が多く、知名度を広げやすい構造だった。
しかし、アンダーにも楽曲やライブを通じてファンを獲得する場があった。選抜に入っていないことだけを理由に、グループへの貢献度や本人の人気を判断することはできない。
【人気がなかった理由を検証】斎藤ちはるの当時の評判は本当に低かった?
「斎藤ちはるは乃木坂46時代に人気がなかった」という検索が生まれる背景には、選抜回数の少なさや、当時の握手会人気に関する報道がある。
ただし、人気という言葉には複数の意味がある。握手会での人気、ファンからの支持、テレビでの知名度、メンバー内での立ち位置は、それぞれ別の評価軸だ。
理由1:選抜入りが1回だったこと最も分かりやすい理由は、選抜入りの回数だ。
斎藤ちはるは2014年の『何度目の青空か?』で初選抜入りを果たしたが、その後のシングルではアンダーとして活動している。
乃木坂46のように多くのメンバーが所属するグループでは、選抜メンバーになることが露出や知名度を高める大きな機会になる。そのため、選抜回数が少ないメンバーは、選抜常連メンバーと比べて一般層への認知が広がりにくい場合がある。
ただし、選抜の決定には複数の要素が関わるため、選抜回数だけでファン人気の全体像を判断することはできない。
理由2:握手会人気に関する当時の報道2019年3月の日刊ゲンダイの記事では、乃木坂46に詳しい芸能記者の証言として、斎藤ちはるは当時の握手会人気がいまひとつだったと紹介された。
同記事では、彼女の雰囲気についても、一般的なアイドルらしさとは少し異なる印象だったとする見方が掲載されている。
一方で、これは芸能記者による当時の評価であり、具体的な握手会販売数や公式人気ランキングを示したものではない。すべてのファンが同じ評価をしていたという意味でもない。
理由3:本人もグループ内の人気の違いを認識していた注目したいのが、2021年12月10日に放送された『羽鳥慎一モーニングショー』での本人の発言だ。
小学生の徒競走で順位を付けることについて議論していた際、斎藤ちはるは乃木坂46時代にも、明確な順位制度があったわけではないものの、人気のあるメンバーとそうでないメンバーの違いは自分の中で認識していたと説明した。
加えて、センターを務められるのは一人だけというグループの競争構造にも触れていた。
この発言から分かるのは、彼女自身がグループ内での人気や立ち位置を冷静に認識していたということだ。人気の差が存在していたことと、本人にファンがいなかったことは同じではない。
人気がなかったという評価は正しいのか判断するなら、次の3つを分けて考える必要がある。
- 選抜実績:選抜入りは1回で、アンダーとして活動した期間が長い。
- 当時の評判:握手会人気について厳しい見方を伝えた報道が存在する。
- 本人の認識:グループ内に人気の差があったことを本人も認識していた。
これらを総合すると、乃木坂46の中でトップクラスの人気メンバーだったとは言いにくい。一方、「人気がなかった」と断定するほどの客観的なデータも確認できない。
より正確なのは、選抜常連メンバーと比較すると表題曲やメディアでの露出が限られ、グループ内での人気競争でも上位とは異なる立ち位置にいた、という評価だろう。
【乃木坂46卒業の経緯】2018年の卒業からテレビ朝日アナウンサーへの転身
約6年10か月のアイドル活動を終えた斎藤ちはるは、その後、テレビ朝日のアナウンサーという新しい道へ進んだ。
2018年5月20日に卒業を発表乃木坂46運営委員会は2018年5月20日、斎藤ちはると相楽伊織のグループ卒業を公式発表した。
発表内容によると、2人は20thシングル『シンクロニシティ』の活動をもって卒業することになり、最後の活動は同年7月16日に千葉・幕張メッセで開催される個別握手会を予定していた。
その後、予定どおり7月16日をもって乃木坂46としての活動を終了した。
卒業発表の公式文面では、卒業の詳細な理由や本人の進路については具体的に説明されていない。そのため、特定のメンバーとの関係や人気を理由に卒業したとする見方には根拠がない。
2019年4月1日、テレビ朝日に入社卒業後の大きな転機となったのが、テレビ朝日のアナウンサーへの転身だ。
テレビ朝日は2019年4月1日、斎藤ちはるを新人アナウンサーとして迎えた。同日には『羽鳥慎一モーニングショー』に出演し、入社式前にアナウンサーデビューを果たしたことでも話題になった。
当日は新元号発表という大きなニュースがあった日でもある。新人アナウンサーとして、全国の視聴者が注目する生放送に出演したことは、異例ともいえるスタートだった。
オリコンの2019年4月1日の報道では、本人が生放送について、緊張しながらも楽しさを感じていたと紹介されている。
『羽鳥慎一モーニングショー』から『グッド!モーニング』へ斎藤ちはるは入社初日から『羽鳥慎一モーニングショー』のアシスタントを担当し、約3年間にわたって出演した。
2022年4月1日には同番組を卒業。最終出演では、羽鳥慎一や共演者、スタッフ、視聴者への感謝を伝え、涙を見せたことが報道されている。
そして同月4日からは、朝の情報番組『グッド!モーニング』にMCとして加入。坪井直樹、新井恵理那とともに新しい番組体制を支えることになった。
アイドル時代に培ったカメラの前での経験に加え、ニュースや情報を整理して伝えるアナウンサーとしての能力を身につけ、活動の幅を広げていった。
【2026年最新】斎藤ちはるの現在と乃木坂時代の画像・人気・評判
2026年11月現在、斎藤ちはるはテレビ朝日のアナウンサーとして活動を続けている。かつてのアイドル時代とは異なり、ニュースや生活情報を伝える立場で視聴者に接している。
現在の主な出演番組2026年11月時点のテレビ朝日公式『グッド!モーニング』出演者ページには、斎藤ちはるの名前が掲載されている。
また、テレビ朝日の番組情報では『ナニコレ珍百景』の進行役としても紹介されている。情報番組だけでなく、バラエティー分野でも経験を重ねていることが分かる。
2026年11月上旬の番組表にも『グッド!モーニング』『ナニコレ珍百景』『林修の今知りたいでしょ!』などの出演情報が掲載されている。
現在の主な活動を整理すると、次のようになる。
- 『グッド!モーニング』:朝の情報番組でニュースや各種情報を伝える。
- 『ナニコレ珍百景』:バラエティー番組の進行を担当。
- 『林修の今知りたいでしょ!』:情報・教養系の番組にも出演。
なお、出演番組や担当体制は番組改編などによって変わるため、最新の出演情報はテレビ朝日の公式番組表やアナウンサープロフィールで確認できる。
斎藤ちはるの乃木坂時代の画像はどこで見られる?斎藤ちはるの乃木坂46時代の画像を探している人にとって、代表的な確認先は当時の公式ミュージックビデオ、テレビ番組の映像、乃木坂46関連の公式アーカイブなどだ。
特に、初選抜を経験した『何度目の青空か?』や、アンダー楽曲の『ブランコ』『風船は生きている』『新しい世界』などは、当時の活動を振り返るうえで参考になる作品だ。
また、テレビ朝日の公式アナウンサープロフィールには現在の写真やフォトギャラリーが掲載されている。乃木坂46時代の姿と現在の姿を比較する際にも参考になる。
画像を探す際には、次のような違いを意識するとよい。
- アイドル時代の写真:乃木坂46の公式映像や当時の音楽番組、報道写真など。
- アンダー時代の写真:アンダー楽曲のミュージックビデオやライブ関連の映像など。
- 卒業後の写真:テレビ朝日の公式プロフィールや番組公式の出演者写真など。
特にSNSや画像検索には、別人の写真、出典が不明な転載画像、現在の写真と過去の写真が混在することがある。乃木坂46時代の画像を正確に振り返るなら、撮影時期や掲載元を確認することが大切だ。
アイドル時代と現在で評価はどう変わった?アイドル時代の斎藤ちはるは、選抜入りの回数や握手会人気など、グループ内での競争に関する評価を受ける立場だった。
一方、アナウンサーになってからは、情報を正確に伝える力、番組進行、出演者とのやり取り、生放送への対応などが評価の対象となる。
つまり、乃木坂46時代と現在では、求められる能力も評価の基準も異なっている。
かつては選抜メンバーとしての露出が限られていた斎藤ちはるが、卒業後には全国放送の情報番組でレギュラーを務めるようになった。このキャリアの変化こそ、彼女の経歴を振り返るうえで注目すべき部分だ。
【よくある質問】斎藤ちはるの乃木坂時代に関するFAQ
Q1:斎藤ちはるは乃木坂46で何期生だった?
A1:2011年に加入した1期生です。約6年10か月在籍し、2018年7月16日にグループを卒業しました。
Q2:斎藤ちはるは乃木坂46で選抜に何回入った?
A2:非公式の楽曲データベースによる集計では1回です。2014年10月発売の10thシングル『何度目の青空か?』で初選抜入りを果たしました。
Q3:斎藤ちはるはなぜアンダーが多かった?
A3:選抜メンバーの選考には複数の要素が関係しており、特定の理由だけで説明することはできません。本人は2021年のテレビ番組で、グループ内の人気の違いを認識していたと語っています。
Q4:斎藤ちはるは乃木坂46をいつ卒業した?
A4:2018年5月20日に卒業が発表され、同年7月16日の個別握手会を最後に活動を終了しました。
Q5:斎藤ちはるは乃木坂46卒業後に何をしている?
A5:2019年4月1日にテレビ朝日に入社し、アナウンサーとして活動しています。『羽鳥慎一モーニングショー』のアシスタントを約3年間務めた後、『グッド!モーニング』のMCに加入しました。
Q6:2026年現在の斎藤ちはるの出演番組は?
A6:2026年11月時点では『グッド!モーニング』や『ナニコレ珍百景』などへの出演が確認できます。最新の担当番組はテレビ朝日の公式情報で確認できます。
斎藤ちはるの乃木坂46時代を振り返ると、2011年に1期生として加入し、長期間アンダーメンバーとして活動した後、2014年に初選抜入りを経験し、2018年7月に卒業するという経歴が見えてくる。
選抜入りは1回で、アンダーでの活動期間が長かったことは事実だ。また、2019年の報道では握手会人気について厳しい評価も紹介され、本人も2021年にグループ内の人気の差を認識していたと語っている。
しかし、それだけを根拠に「人気がなかった」と断定するのは適切ではない。35曲の参加実績やアンダー楽曲、ライブ活動など、選抜以外にも積み重ねてきた活動がある。
そして卒業後は、テレビ朝日のアナウンサーとして新しいキャリアを築いた。『羽鳥慎一モーニングショー』での約3年間の経験を経て、2022年から『グッド!モーニング』のMCに加入。2026年現在も情報番組やバラエティー番組で活躍している。
【プロの結論】
斎藤ちはるのキャリアを評価する際に重要なのは、アイドル時代の選抜回数と、卒業後のアナウンサーとしての実績を同じ尺度で比較しないことだ。
乃木坂46では選抜という限られたポジションをめぐる競争があり、アナウンサーになってからは情報伝達力や生放送への対応力が求められる。異なる分野で経験を積み、自分の役割を変化させてきた点に彼女のキャリアの特徴がある。
「乃木坂時代は人気がなかった」という一面的な評価よりも、アンダーで積み重ねた活動、初選抜の経験、卒業後の転身、そして2026年現在の活躍までを一続きの経歴として見ることが、斎藤ちはるという人物を正しく理解するための判断基準になる。
主な参照資料: 乃木坂46公式卒業発表、テレビ朝日公式プロフィール・番組出演者情報、日刊ゲンダイ、デイリースポーツ、オリコン、テレビ朝日POST。